令和6年4月1日から相続登記が義務化になります。

被相続人が亡くなってから10年以上経っている場合でも、相続放棄は受理されるのか?

司法書士(奈良県香芝市)の松井です。

先日、ある市役所の担当弁護士から「故○○の法定相続人である貴殿に対し、以下のとおり通知します。貴殿は、香芝市□□にある建物の相続人です。つきましては、14日以内に本件建物を収去のうえ、本件土地を明渡すよう請求いたします。期限内に本件建物の収去及び土地明渡しをしていただけない場合は、裁判等の法的手続きを執らなくてはいけません・・・」といった通知が届いたのですが、相続放棄はできるのかというご相談をいただきました。

なお、その通知は、被相続人の死亡から10数年経過後に届いています。

弁護士から手紙が来るだけでもびっくりするのに、更にこういった内容の手紙が届くとパニックになりますよね。

疑り深い人なら今流行の詐欺師から手紙が来たのではないかと思うかもしれませんね。

被相続人が死亡してから10数年経過後に相続放棄が受理されるのか?というのが今回のテーマですが、結論から言うと、被相続人の死亡後10数年経過している場合でも、状況により相続放棄は可能です。

では、実際にこのような通知書が弁護士から届いた場合(被相続人の死亡後10数年経過している場合)、どのようなケースであれば相続放棄の手続きができるのかについて説明します。

目次

原則、相続放棄ができる期間

まず、相続放棄ができるかどうかを判断する第1のポイントは、”相続放棄の申述(申立)をする時期”です。

相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。

民法915条

この「相続の開始があったことを知った時」の起算点が一体どの日を指すのかが問題となりますが、原則的には、

  1. 相続人が被相続人の死亡(又は失踪宣告)の事実を知り、かつ
  2. そのために自己が相続人になったことを覚知した時と解釈されています。

例えば親が亡くなったとき、一般的には、「被相続人である親が亡くなった日」に相続の開始があったことを知ることとなるため、「被相続人の死亡日」が起算点となります。

そのため、被相続人の死亡の日から3か月以内に相続放棄の申立をすれば、余程のことがない限り相続放棄の申述は受理されます。

死亡後10数年経っていても相続放棄は受理されるのか?

今回弁護士からの通知が届いたのが、被相続人が亡くなってから10数年経ってからのことでした。

では、民法915条で3箇月以内に相続放棄をしなければならないとされているのに、被相続人が亡くなってから10数年も経ってから、相続放棄の申立が受理されてるのかが問題となりますが、結論的には、被相続人が亡くなってから10数年経ってからの相続放棄であっても受理される場合があります。

死亡後10数年経っている場合でも相続放棄が受理されるケースとは?

1.被相続人の死亡の事実を知らなかったケース

親(被相続人)と疎遠となり何十年も会っていないといった場合には、全く死亡の事実を知らない、他の相続人からも全く死亡の事実を知らさせることがなかったということは十分に考えられます。このような場合には、被相続人の死亡後10数年経過していても相続放棄が可能です。

2.相続人であることを知らなかったケース

民法には、相続する順位が定められています。被相続人の配偶者については、常に相続人となりますが、それ以外については、民法により順位が定められています。

  1. 第1順位 子・孫(直系卑属)
  2. 第2順位 父母・祖父母(直系尊属)
  3. 第3順位 兄弟姉妹

よくあるのですが、例えば、第1順位の相続人である子が全員相続放棄をしたのにもかかわらず、(第2順位の相続人は全員死亡している。)第3順位の相続人である兄弟姉妹(又はその数次相続人及び代襲相続人)に対して相続放棄をしていることを知らせなかったために、第3順位の相続人が自分が相続人になっていることを全く知らなかったというケースです。

第3順位の相続人であっても兄弟姉妹であれば、死亡の事実は知らされることが多いと思いますが、その数次相続人や代襲相続人となると、結婚して親戚付き合いがなくなることはよくあることです。そのため、まさか私が相続人になるとはゆめゆめ思わなかったということは、大いに考えられます。

このようなケースであれば、被相続人の死亡後10数年経過していても相続放棄は可能であると考えられます。

なお、相続放棄が受理されたとしても、次順位の相続人に対して「先順位の相続人が全員相続放棄をしましたよ。」とは、裁判所は伝えてくれません。

3.相続財産が全く存在しないと信じるについて相当な理由があるケース

被相続人に一切相続財産がないと信じるについて正当な理由がある場合には、被相続人の死亡後10数年が経過していたとしても相続放棄が受理される場合があります。

相続放棄をするにあたり注意すべき事項

1.みなし単純承認に注意

以下の場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなされるため十分注意してください。

1.相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。

相続人が相続財産を処分(売却等)した場合には、その相続人には相続財産を相続する意思があるものと考えられるため、相続を単純承認したものとみなされます。単純承認したものとみなされると相続放棄をすることができないため注意が必要となります。

ただし、保存行為及び一定の期間(民法602条)を超えない賃貸をしても単純承認したものとはみなされません。なお、どの行為が保存行為にあたり、どの行為が処分行為にあたるのか微妙な場合もありますので、そのような場合には特にご注意ください。

2.相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私(ひそか)にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

たとえ相続放棄が受理された後であっても、相続財産を隠匿したり、私(ひそか)に消費するといった行為があった場合には、単純承認したものとみなされます。

これは、(マイナス財産がプラス財産よりも多いために)相続放棄をしているのにもかかわらず、プラスの財産を隠したり、又はひそかに消費することで、被相続人の債権者を害するような行為をするのであれば、相続放棄が受理された後であっても単純承認したものとみなして、債権者を保護しましょうという、いわば債権者保護の規定といえます。

2.弁護士等からの通知は保存しておきましょう

弁護士等から送られてきた通知により初めて自分が相続人であることを知った場合には、その通知が届いた日付が相続放棄をする期間の基準となります。相続放棄の申立をする際にも、その通知を添付することで、裁判所への一定の上申となるため、弁護士等から送られてきた通知は必ず保管するようにしましょう。

まとめ

相続放棄の受理件数が年々増加しています。これは、近年、所有者が分からない土地が九州の面積と同じくらい存在するということで、公共事業やそれに伴う開発がすすまないということが社会問題となっており、また令和6年4月1日より相続登記の義務化が施行されたことにともない市民の相続手続きの意識が高まってきている現れではないかと思います。

一般的には、マイナスの財産が多い場合に相続放棄の手続きをするというケースが多いですが、「相続争いに関わりたくない。」「疎遠だったので、相続財産はいらない。」「理由はないが、相続したくない。」といった場合にも相続放棄の手続きは可能です。

また、今回のケースのように被相続人の死亡後10数年経過している場合であっても、相続放棄が受理される場合がありますので、不安であれば専門家に相談することをおすすめします。

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